先週に引き続き断捨離|人生で迷子になる私たち

こんにちは。

元々このブログは30~50記事ぐらいまでは他を犠牲にしてでも必死にやり、記事が増えてきたらペースを落とそうかなと計画していた通り、なんだか自然に更新ペースが落ちてきました。

家と、自分の人生と向き合う秋

人間いつも全てを完璧にはできないので「○月から○月まではこっちを優先、×月からはこれを優先」としたかったので、秋は仕事も閑散期ですしブログを無理せず週1~2回の更新にして、家事を丁寧にやったり断捨離をして家や自分の人生と向き合う時間を長く取る予定です。

最近やったこと・変わったことは

  1. 編み物を断捨離
  2. ノートを断捨離
  3. 本を断捨離(←3の後半で断捨離のコツ書いてます!)
  4. 自己肯定感・毒親系の本を読み直す
  5. NARDの講座の問い合わせ

です。

1.編み物を断捨離

小学校1年生の「夏休みの作品」が手縫いのクッションカバーだったり、今思えば手芸が得意な子でした。

小学校4年生のときに編み物ブームが来て、周囲の子たちがみんな手編みのマフラーを作っていたので私も始めてみました。布やビーズも好きなのですが編み物はまた違う楽しさがありましたね。

高校受験が迫るまでは趣味でちょこちょこ作品を作っていましたが、中学生のときに「人生でもっとも大事なものは、良い会社に入り良いお給料をもらうためだけの学歴と、それに向けた勉強だ」と刷り込まれてから、趣味をやる時間が取れずに「また暇になったらやろう!」としばらく手芸を手放しました。

小学生のときはスイスイと簡単にできたイメージがあったので、大学の合格がわかった後の高校最後の春休みで「やっとできる!」なんて意気揚々と編み物を再開してみたら、一切やり方を覚えていなくて楽しめなかったのを覚えています。

それでも本を買ってきて目の作り方から改めて勉強して、大学生のときにはニットベストを作って彼氏にプレゼントしたりしていましたね。

受験勉強と同様に、社会人になって家事や仕事を一生懸命やらないといけないから趣味を犠牲にすることが正しいことだと思って、そして疲れて時間も取れなかったので手芸を手放してきました。

私は真面目すぎて精神を病んでしまい、それに引っ張られてめまいや息苦しさで体までしんどくなって会社を休んだり辞めた過去があります。

カウンセリングや本や講座で心理について知っていくうちに、休んだり趣味を持ってリフレッシュをすることは「怠惰・遊び人=ダメ人間」ということではなく、心身を健康に保つうえで必要不可欠な要素なんだということを学びました。

休むことや遊ぶことって駄目なことだと思っていたけれど、そこにしっかり時間を割いている人のほうが結局仕事も頑張ることができて、会社や社会に貢献できているなぁと思ったのでした。

苫米地英人さんの「苫米地英人の金持ち脳~捨てることから幸せは始まる~」を読み、仕事を上手くいかせるためにも生きやすくなるためにも、趣味を持つことが大事だと知りました。

何の利益も生み出さないけど、自分が大好きで大好きでしょうがないことを持っているのが良いのだそうです。

そこで昔好きだった手芸をやってみたら、また時間を忘れて没頭してしまうかもしれないと思ったのですが、布や編み物を買って取り組んでみても「楽しい」と感じることができなかったんです。

模様ができていくのを見ていて「あぁ、不思議だなぁ。すごいなぁ。」とは思えたのですが「楽しい」とは思えず、ただ疲れてお金と時間と体力を失う苦痛な時間になってしまったんです。

「やっと趣味が決まったかも!?」とウキウキしたのですが、今の私の趣味に「手芸」を当てはめることはできませんでした。

去年は「もっと続けてみたら楽しさに目覚めるかな?」と一応途中まで編んでみたのですが、駄目でした。なのでこちらは断捨離します。

本や余った毛糸、編針はリサイクルショップに持って行きます。

マフラーと本の写真

2.ノートを断捨離

懐かしき、私がセミナー難民だったときから溜めてきたノート。(笑)

(関連記事→「焦燥感あふれるセミナー難民から解放され、良質な時間を過ごせるようになりました。」

本って「好き・ときめく」と「必要」という判断基準があるから、断捨離が難しいじゃないですか。

だけど本棚を圧迫していたノートたちを見てみたら「おっ、これは断捨離できるかもしれない♪」と思ったんですね。

まず立った状態でクリップボードもなく急いでメモを取ったりしているので、書いてある字は汚く読みたいと思えない、じゃあ清書をしてまで保存しておきたい情報が書いてあるかというとそうでもない、昔聞いたことを見てインスピレーションが湧いてくるわけでもない……。

「あぁ、この時期はこんなことを勉強してこんなことを思ったな。」というのは思い出せるけれども、本当に自分にとって意味のあることなら頭の引き出しに入っていて何らかのはずみで引き出されるだろうし、このノートが無くて困り果てることはないだろうという結論に至りました。

「何のためにノートを取ってきたんだっけ。」と思えるほど意外とあっさり断捨離できました。

ノートと本の写真

3.本を断捨離

上の写真に本が写っていますが、最終的にはこれの2倍くらいの本を断捨離しました。

自然療法や心身の健康に関する話ってやっぱり面白いなと思います。

関係する分野で言えば解剖学や生理学もそうだし、アロマもハーブも心理学も医学も薬学もビタミン・ミネラルも、食事も化粧品も……学ぼうと思えば無限に学び得るものがあります。

それぞれに魅力があるとは思うのですが私の手は2つしかないし頭は1つしかないし、1日は24時間しかないわけですから、私の力で大事にしてあげられるものだけを厳選しようと思いました。

まだ普通の人(とくに本が好きではない人)からしたら多いと思いますが、アロマを筆頭に一応本棚に収まる量の本を選びました。

2年以内の引越しを検討しているので、その時はこの4分の1くらいに減らす予定です。

うちの旦那はいわゆる「のびのびと育てられた人」なので夢や目標を決めるのもとてもスムーズにできます。

私は「やるべき」と「やりたい」をこじらせた環境で育ってきたので、本来のやりたいことに無意識に蓋をしているようで比較的いつも生きることを苦しいと思っているタイプです。

悩む私を見ていてもどかしいのか「本当にやりたいことは何?」と事あるごとに聞かれます。

アロマも好きだと思ってやっているつもりではありますが

  • 食いっぱぐれてはいけない
  • 資格を取って活かさなければいけない
  • 手に職をつけなければいけない
  • 向上心を持ち続け、学びを止めてはいけない

という色々な強迫観念(?)に縛られて選んだ結果なのかなぁ~と思うと「試しに全部捨ててみたら?」という旦那のアドバイスを飲み込んで、一度アロマの本も手放してみてもいいのかもしれない……と迷いました。

しかし「一社会人として、資格を取り、学びを続け、収入を上げなければいけない」という強迫観念を抜きにしても、単純に「好きな香りだから」「癒されるから」と精油をお風呂に入れたりキャリアオイルに混ぜて肌に塗っている自分に気づきました。

「もし私のお金や心の問題が全て解決したとしても、私はずっとアロマを好きでい続けるのかもしれない。単に、本当に純粋にアロマが好きなのかもしれない。」という考えが浮かんだので、アロマの本は残すことに決めました。

あとは直近でブログに書く予定のある健康関連の本は、本格的に引越しの準備が始まるまで残してもいいかなと思いました。

もし全てを捨てたとしたら……捨てたからこそ入ってくる新しいご縁もあるので、思い切って捨てるのもアリかなと考えたのですが、「今現在のときめくものを大事にしてみるか!」ということで残したんです。

お金のブロックで断捨離が進まない人向けの捨てるコツ

(※後半に妖怪・幽霊の話がちょっと出てくるので、グロくはないですが苦手な方は気を付けてください。)

ちなみに私は「高かったからもったいない」という理由で断捨離が止まることはありません。

ブレーキがかかるよりは「自分はどういう人生を作っていきたいだろうか」「何が大好きだろうか」という答えが出せず、アクセルが踏めないタイプです。

「苫米地英人の金持ち脳~捨てることから幸せは始まる~」を読んで世界がひっくり返ったところがあります。

「みんなお金のほうに価値があると思っているけど、実は人のほうに価値がある」といった主旨の文でした。

「あなたがあなたとして生まれてくる確率」は250兆分の1とも言われていて、私たち一人一人の命の時間は本当に尊ばれるべきものだと思います。

(参考→「あなたがあなたとして生まれてくる確率 しんラン note」) 

近藤麻理恵さんの「マンガで読む人生がときめく片づけの魔法」の中で主人公の千秋さんが、着づらいときめかない洋服を部屋着にしようとするシーンがあります。

そこでこんまりさんは「外で過ごす時間に価値があり、家の中で過ごす時間に価値がないわけじゃない。家の中で過ごす時間も大事な時間だから、ときめく部屋着を身につけましょう。」とアドバイスします。

多くの人は「お金を大事にしなければならない」という思いに縛られています。

もちろんぞんざいに扱うよりは大切に扱ったほうが良いのですが、お金以上に大切なものは私たちの人生であり、私たちの人生にはちゃんと価値があります。

神様は人間を完璧にはつくりませんでした。

「おっ!これいいかも♪」と思って買ったものを使いこなせないことだってあります。

「完璧でない」ようにつくられた人間が判断して買ったのだから、使いこなせるものもあれば使いこなせないものがあっても当然でしょう。

そして「捨てられない人」は「一度選択し、大事な大事なお金を消費して購入したものを、見事に完璧に使いこなさなければいけなかったのに、自分にはそれができなかった。」という罪悪感を勝手に抱え、その罪悪感を「捨てない」という行為によって紛らわそうとします。

でも私たちの人生の時間も、本来大事にされるべきものなのです。

心はちゃんとそれをわかっています。

だから心の声を無視して「こうあるべき」「こうするべき」に縛られた生活を送っていると心が崩壊して、自律神経失調症とか統合失調症になるんですよ。

過去の買い物の失敗をごまかすために一軍の物と二軍の物と、本当は好きじゃないものとガラクタと……何でもかんでも一緒くたにするから、イライラしたりモヤモヤしたりするのです。

心が「違うよ~そうじゃないよ~!」と教えてくれているのです。

妖怪から学ぶ断捨離と心理学

捨てられない人はある意味「優しい人」かもしれません。

私は小さい頃に霊感があったせいもあるのか、妖怪やオカルトのテレビ番組や漫画が好きでした。

「てけてけ」という電車に轢かれた脚のない妖怪がいるんです。

その妖怪に出会ったとき「かわいそう」と思ってしまうと脚を取られて殺されるから駄目だという話があります。

「私にできることは何もないから、ごめんね」とある意味冷たく突き放すのが正解なのです。

こういう妖怪アニメの話と「嫌われる勇気」のアドラー心理学、子ども向けの映画と学術的な論文などで共通しているところがあると面白いと思ってしまうのは私だけでしょうか?(^_^;)

優しい人は、どんな物であっても大切に扱ってあげたいっていう慈悲があるんでしょうね。

とんでもなく体力がある人や家政婦を何人も雇っている人や、ビルゲイツよりも広い豪邸に住んでいる人はいいかもしれませんが、たいていは「全てを大事にしよう」とすると体や心の健康、時間やお金が犠牲になります。

それで「毎日の服がうまく選べない」「探し物に手こずる」といった日常の些細なことから、就職・転職や結婚・離婚などに至るまで自分の人生を生きづらくしてしまっているとしたら、それは誰のためにもなっていません。

だったら、全てを大事にできないのは残念だけれども一軍の物たちをこれでもかと大切にしてあげることが、完璧でない私たち人間にできるせめてもの罪滅ぼしです。

実は私も何に対しても誰に対しても優しくしてしまうタイプなんです。無意識に。

だから自分の命をすり減らしすぎるせいか「短命」と診断されたことがあります。

それで自分の人生を大事にできる(=引き受けすぎない、責任を感じすぎない)かな?という狙いで、次の引越しでは大量の物を持ち込めない狭めの1LDKなどに2年くらい住んでみようかなと計画しています。

「ごめんね。無理なんだ。私にはこれしか持てないんだ。」と言える勇気を一緒に身につけていきましょう。(^_^;)

4.自己肯定感・毒親系の本を読み直す

最近読んでいる電子書籍はこういう類のものです。

kindleのスクリーンショット

大好きなわたなべぽんさんの本が今年の6月に出ていたのですが、その時は浪費家改善プログラムを頑張っていたので購入しませんでした。

その時に買わなかった本を買い、また過去に読んで良かったコミックエッセイを改めて読んでいました。

旦那の言う「本当にやりたいことは何?」の答えを私自身も知りたいからです。

人間、本当に好きなことを見つけると寝るのも食べるのも忘れて没頭するそうなんです。

私も小学生で編み物をしていた時は多分そうだったかな。

「寝なさーい!」と怒られても「もうちょっと、あとちょっと!」とやりたくてやりたくてしょうがないんです。

だけど大人になると「こんなことをやって何になるんだろう。ファストファッションでもかわいいのがいっぱいあるのに、なぜ私は高いお金を払って材料を買って肩が痛くなって、無駄に時間を使ってまで編み物をしているんだっけ。こんなの駄目だよね。どうせならお金につながることに時間を使おう。」と資格取得を趣味に設定したり、良く言えば合理的な選択をしようと無意識に試みるようになりました。

本当は私の心は嫌だって言っていたんでしょうね。見事に心も体も壊しました。

あまりにも頑丈に心の声に蓋をしすぎたせいで、もう心の声が聞こえなくなってしまったんです。

だから人生で迷子になるんです。

それで毒親系の本を読むと「そうだよね、こういうことされて嫌だったよね。酷いよね。今『嫌だった』っていう気持ちを認識できてえらかったね。私はこういうのが嫌いでこういうのが好きなんだよね。」と心の声と会話する訓練ができるので、呪縛を解き放つために読んでいます。

「うんうん、そうそう、こういうの嫌だったよね!」と作者に共感しているつもりですが、多分間接的にインナーチャイルドの私を慰めているのでしょう。

呪縛を解き放って「私ってこれが1番好き!!」という答えを見つける日が楽しみです。

5.NARDの講座の問い合わせ

そして初心に立ち返り。

「人生で1番大切なものはこれ!」というものは決めることができていないのですが、2年ほど前にカウンセラーさんに言われた「ちょっとでも興味があると思ったら、何でもやってみよう。」というアドバイスを思い出しました。

NARDの講座、ずっと受けたくて今年の1月に一度問い合わせメールを送っていたんですよ。

でも去年の夏に整体のスクールに35万円払ったこともあって、NARDの講座って高いので「さすがにお金使いすぎかな」と躊躇してしまったんです。

今はお金の問題が落ち着いてきたので「少しずつ少しずつ心の声をふさいだ蓋を取っていけば、何かが変わるかもしれない」と思い、単発で都度払いで受けられる「アロマテラピーベーシック」のコースを受けてみようかなと思いました。

生きづらさを抱えている人に対して「嫌なことを嫌と言いましょう・やめましょう」「やりたいことをやりましょう」というアドバイスがありますが、お金の問題でなかなか叶わないこともありませんか?

そういうときは「無料の資料請求をしてみる」とか、そういうのでもいいんですよ。

「蓋を取る準備」ぐらいでもいいんです。ちょっとでも手を出してみることが大事。

ってなわけで、迷子になりながら断捨離に奮闘している最近の私の様子でした。

断捨離の手が止まっている人、人生の迷子になっている人、一緒に頑張っていきましょう♪

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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