豊かな人は「足るを知る」人|生きづらい時間の使い方|セミナー難民からの脱出

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こんにちは。

最近嬉しいことは、良質なことに時間を使えるようになったことです。具体的に言うと、両学長のYouTubeをノートを取りながら見ています。(例えばこういった人生論やお金の勉強など。→「第53回 あなたの身近にいる人生で関わってはいけない人5選【人生論】」)

第一・第四領域の時間の使い方が「生きづらさ」を生む

「時間は作るものだー!」っていう厳しい意見がありますよね。「時間がないのでできません」っていう言葉に対して「テレビ見たりゲームしたりネット見たり、ダラダラする時間があるんだったら、その時間をスキルアップや副業に使えよ!」と返す人がこの世にはいます。(笑)

たしかに、理屈はわかります。家族が面会不可の感染症にかかったとしましょう。本当は骨になるまで会えないけど、特別に30分だけ面会していいですよって言われたら、誰だって30分ぐらい作れますよね。平たく言えば「気持ちの問題」です。

なぜどんなに忙しい人でも30分を捻出できるかというと、それが「緊急かつ重要」な第一領域の時間だからです。(関連記事→「有意義な1週間を過ごすためのフランクリンプランナー」)

「緊急かつ重要」な第一領域の時間は、誰でも気持ちのスイッチが入りやすく、必要に迫られれば容易に時間を作ることができます。一方で「緊急ではないけど重要」な第二領域の時間は、スイッチを入れるのがとても難しいです。

本業のスキルアップをすることや、どう転んでも大丈夫なように副業をしておくこと、簿記やFPの勉強をしてお財布を賢く引き締めること、健康な体を維持するためにウォーキングやヨガをしたり、丈夫な歯をいつまでも使うために歯医者に通うこと、家族との向き合い方を大切にすること…今すぐやらなくても死にやしないし、十分に生活が成り立つ、でも将来のためにやっておいたほうがいいよな~と思うこと、それが第二領域の時間です。

“うつみん”こと内海聡(うつみさとる)医師が「社会毒」と言っているように、日本はヨーロッパに比べて食品添加物(うま味調味料や防腐剤)や農薬の制限が緩く、じわじわと心身を蝕んでしまうなどの危険性があり「安全100%」とは言い難いのですが、一応どんな人でも蛇口をひねれば水が飲めて、100円もあればコンビニやスーパーで食料が買えて、上空をミサイルが飛んでいたり銃声が常に鳴り響くわけでもなく、「安全で豊かな国」と言われています。

そこそこの安全があり、そこそこの豊かさがあり、生きていくだけなら困らない程度のそこそこの給料をもらい、SNSなどのそこそこの娯楽があり…血まなこにならなくたって、がむしゃらにならなくたって、まあまあ安全で平和に生きていける世の中。そして多少仕事が忙しくて、勤勉な国民性の日本人。

そうすると、どんなことが起こるかというと第一領域、すなわち労働に人生の大半の時間を使い、そこそこに疲れてしまうので手軽なSNSやテレビなどの娯楽で自分を癒して、癒されたらその体と時間は何に使うのかと言えば労働。明日からの労働の活力のために第四領域(緊急でもなく重要でもない)の時間を使います。

こうして世の中の大部分の人は第一領域がほとんど、第四領域を少しという時間配分で人生を過ごします。

そして鬱になります。

これが原因の全てとは言いません。仕事に追われながらも楽しく人生を過ごせる人もいるし、色々な人生があるとは思います。

だけれども「生きづらさ・モヤモヤを抱えた人が増えている」ということは間違いなく言えるのではないかと私は思っています。

先日、仕事中に会った方がどうも波長が合うみたいで、初対面なのに悩んでいることをポロポロと話してくださいました。「同期よりも先に出世できたし、配偶者にもとても感謝していて、年収も悪いわけではない。恵まれているとは思うけど、人生このままでいいんだろうかっていう悩みがずっと消えない。」と。

責任感が強くて真面目で、周囲や将来に気を配れる人ほど病みます。

「自分は何のために生まれたのか」「何を達成して死んでいくのか」「自分にとって一番楽しいこととは何か」「自分は何を成し遂げたときに幸せだと感じるか」

「自分が本当に心の底から人生でやりたいこと、やるべきことは何なのか、そしてそれを達成するためには今どうしたらいいのか?」そんな人生を設計するやり方を、一度も教わったことがないし、その力の鍛え方だってわからないのです。

風水や精神論、哲学、自然療法、カウンセリングなどでヒントを発信していらっしゃる方は実はいっぱいいるのだけど、発信したい人と受け取るべき人がなかなか出会えず、一度トンネルに足を踏み入れてしまった人は、一人で迷い悩んでいます。

「人生を創造する力」そして「人生を創造したいと思えるモチベーション」、それが今の世の中に必要なものなのではないかと私は思います。

ストック型ビジネスを知り、夢を考え続けたら焦りから解放された

人間関係にも比較的恵まれ、会社員として労働収入を得てやりがいを感じることに何の疑問も持っていないかった私は、今から3年前に「ビジネス」という言葉を聞きました。

最初はピンと来なかったし興味もなかったけど、最近は感染症の流行による失業・収入減なんかを目の当たりにして、より強く「ビジネス」という言葉を意識するようになりましたね。

収入の形には①「フロー型・狩猟型・野菜型」と言われるものと、②「ストック型・農耕型・果実型」と言われるものがあります。①は自分が働くのをやめたら収入は止まってしまうけど、短期間で比較的確実に収入を得やすいビジネスです。物販やシステム開発の請負などが当てはまります。②は軌道に乗れば自分が働かなくてもお金になるけど、お金を得るまでに時間がかかったり、努力が実らないこともあったりします。物販の外注や自作アプリなどが当てはまります。

どちらが〇か×かではなくて、そういう特徴があるというだけで、①と②を両立させるのがおすすめだと言っている人が多いですね。

私の周囲では偶然、ビジネスの中でも②の情報が飛び交っていることが多かったんです。確実性が低く、結果が見えるようになるまでに時間がかかるので「夢リスト100を作るべし」「Why?Why?Why? 何のためにやるのか3回以上掘り下げてノートに書くべし」などと夢・使命をすごく意識させられることがたくさんありました。

会社員の収入+ストック型ビジネスでビジネスを始める人が少なくないと思いますが、正直会社員の収入だけでも食ってはいける、でも将来に備えたい…そんな状態でストック型ビジネスを始めると、だんだん面倒くさくなって、会社での仕事+家に帰ったらテレビや漫画という生活に戻っちゃうんですよね。どんなに頭でわかっていたとしても。

ということで「へぇ~そんなに夢とか使命を意識するものなのね~。っていうか、夢とか全然思い浮かばないぞ~。」と思って、3年前から私は「夢ってねぇ…なんだろうね…これで合ってるのかな?」なんて反芻し続けてきたんですよ。

3年たってようやく「これが夢だ!」と思えるものを見つけることができました。新しいものが思い浮かぶようになったら、また更新してもいいと思っています。

そうして私に起きた変化は「散在したいと思わなくなった」ということです。

豊かな人は「足るを知る」が出来ている人です。

両学長のYouTubeで「お金持ちなのになんで物が少ないんですか?」という質問があったのですが、お金をいっぱい持っている人があれやこれやと、物を買って買って買いまくっていたら、千と千尋の神隠しでカオナシが貪っているシーンのように、なんか卑しいというか下品というか…豊かそうには見えない気がしませんか?

豊かな人がなぜ豊かな人でありうるのかというと、どのくらいの物を持っていたら自分が最も快適かということをわかっているからです。

私は今でも知的好奇心が旺盛で、その個性は大事にしようと思っていますが、以前は単純に知ることが面白いという要素に加えて、「自分の人生どう生きていくことが正解かわからない」という不安を紛らわす材料にセミナーや本が使われていたのです。

楽しいっちゃ楽しいんだけど、どこまでやっても不安が消えない、セミナー費用は無限に必要になる…どこかで苦しさもあったのだと思います。

それが、最近は「仕事が立て込んでいるから、第〇回のズームセミナーはお休みしよう」「この講習は定期的にやっているから、次回でも問題ない」「この勉強をした方がリターンが早いから、まずはこっちでこのぐらい結果を出したら好きなものに挑戦しよう」などと冷静に手放せるようになりました。

今年の目標に直接的につながることには労力や時間やお金をかけるのですが、見境なく何にでもお金を払って勉強したくなるような焦燥感から解放されたのを自覚したとき「私、ここ数年の中で一番変わったなぁ~」と思ったのです。

「豊かな人」を目指す千里の道の1歩目を踏み出せたような気がして、ニヤニヤしてしまう今日この頃です。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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